アレルヤが、ロックオンの頬に、キスをする。 ロックオンは、目を細めて、それを受ける。 朝のなにげない一時。 子犬か、何かになめられているようなこそばゆい感覚にロックオンは、笑う。 年下のせいか、何が原因なのかは、わからない。 毎朝のことだ。 そして、それが、いやではないどころか、とても、好きだった。 ゆるやかに体温を上げてくれる。 若干だが、身長も、ロックオンより高くなった。 純粋に年齢の話だけになれば、ロックオンとさして変わらないといってもいい。 なのに、アレルヤには、どこか、幼い部分が色濃く残っている。 どこか冷たく見える外見との、ギャップには、驚かされる。 中身は、よくいえば、純粋。 悪く言えば、世間知らず、ともいえる。 「何笑ってるんですか。」 切れ長のきつめにも見えるヘイゼルの瞳も、今は、ひどく穏やかだ。 「犬みて〜。」 「な。何を言い出すんですか、いきなり。」 犬、みたい、というのが、いきなり自分にかかっていることを察して、アレルヤが、驚いた顔を、する。 「僕のキス、何か間違ってましたか?」 「や、間違ってないけど?」 間違ってたら、毎日こんなことさせてないけどな、心の中でつぶやく。 いまいちずれた会話を、交わしていることに気がついてロックオンは、くつくつと笑い声をこぼす。 「じゃ、へた、ですか?」 さすがに、これには、考え込む。 何をもって、上手、下手というのかの判断の基準がわからない。 相手を、心地よくさせるという点から、判断すれば、アレルヤのキスは、上手の部類に入る。どころか、上等過ぎる。 自分が、アレルヤに、年甲斐もなく、夢中、という言葉に近い状態にあるのを、差し引いても、彼のキスは、うまい。 押しどころも、引きどころも、心得ている、と冷静に考える。 だが、それを、本人に伝えるというのは、ロックオンにとっては、ひどく言いづらい。 恥ずかしさばかりが、先に立つ。 しかも、今は、朝だ。 ほんの数分後には、ブリーフィングが控えている。 そんなことを、しのごのいう雰囲気ではない。 地上生活の長かったロックオンとしては、 日常的に、昼夜の概念が薄いトレミーの中でもそういった時間の概念は、大切にしたい。 昼日向から、そんなこと言うもんじゃありません! そういう心境だ。 教育モードが、うっかりと入りそうになる。 なのに、アレルヤは、真剣な顔をして、ロックオンの返答を待っている。 「・・・・。」 「ロックオン ブリーフィング ブリーフィング」 ハロが、絶妙なタイミングで、声を上げる。 そのLDライトの点滅が、ロックオンの危機を察してくれたようにも思えて、心の中で、グッドジョブ!と指を立てる。 「ん、その話は、あとでな。」 「あとでっていつですか、ごまかさないでください!!」 「う〜ん、わかんねぇけど、ブリーフィング終わってからでいいじゃねぇか、また、ティエリアに雷落とされるぞ?」 アレルヤが、一瞬、つまる。 アレルヤと、刹那は、ティエリアの雷の的になりやすい。 ロックオンは、といえば、その二人が避雷針になってくれるおかげで、だいぶ助かっている。 それは、二人には、気の毒過ぎていえないが。 「わかりました。でも、絶対逃げないで教えてくださいよ!」 「はいはい。わかりました。だから、行くぞ。」 なだめる口調とともに、その体を、ドアに向かって押しだす。 ロックオンは、移動バーを掴む。 ロックオンの隣を死守したい、とでもいうよに、アレルヤは、バーを掴まずに、軽重力に体を浮かせながら移動する。 それが、幾分かの不機嫌さを表しているように思える。 「かわいいって、言ったんだよ。さっきのは。」 ため息混じりに、言う。この程度なら、言える。 ロックオンとしては、精一杯の譲歩だ。 それ以外、いいようがない。 「え?ぼくが、ですか?」 幾分、不服、な響きがこもる。 「かわいいのは、ロックオンの方でしょ。 だって・・・・。」 あわてて、口を、ふさぐ。 力任せに。 アレルヤが、自分の手を、噛むことはないのは知っている。 ・・・・犬ではないのだから。 これ以上口を開かせておくと、とんでもない、朝の空気ぶち壊しのことを、真顔で、滔々と話しだしそうだ。 自分の発言を、深く後悔する。 「ほんっきで、この話は、おわりにすっからな。 わかったか? わかったら、うなずけ。」 本気である。声も、低くなる。 この誰が通るともしれない道で、アレルヤの思うロックオンのかわいいところの演説をさせるわけにはいかない。 マイスター最年長者として、というより、人として、それだけは許されない。 口をふさがれたまま、アレルヤが2回うなずく。 それを確認して、ようやく、手を離す。 軽くせき込んで、叱られた子供のような視線を、よこす。 それには、笑みで返す。少しでも、年上の余裕を見せておきたい、そんな気持ちになる。 「ひどいんだから、ロックオン。」 「ん〜、ま、たまにはそういうこともあんの。仕方ないと思えって。」 悪いのは、お前だから。 そこは、飲み込む。 わざわざ機嫌を悪くさせて喜ぶ趣味はない。 ま。 そんなことはどうでもいい、ブリーフィングに考えを切り替えよう、そう思った瞬間に、 名前を呼ばれる。 そして、前に回り込まれて、いきなり唇に、キスをされる。 目を、大きく見開く。 顔に血がいっきに集まるのを自覚する。 アレルヤは、自分だけは、しっかり目を閉じている。 長いまつ毛が、ロックオンには、しっかりみえる。 そして、その視界の端に、こちらへ向かおうとしているティエリアがうつる。 あきらかに、視線がこっちに向く。 ロックオンが振りほどく間もないほどのわずかなで、アレルヤは、口づけをほどく。 それでも、ロックオンをあせらせ、困惑させるのには十分だ。 目の前には、鮮やかな笑顔。いつもの控えめな笑顔と違って、ひどく大胆な顔をする。 そんなものも、今は、小憎らしいだけだ。 どうやって、この局面を乗り切るか。 あの角度なら、絶対に今のを、見られた。ティエリアに。 「ばっかやろう!!ぜってぇ今のみられただろ!! 何考えてんだよ!」 思わず声が大きくなる。 「大丈夫。絶対ですから。ちょっと、黙っててくださいね。」 ティエリアとの距離が、詰まる。 それに、ロックオンは、息をのむ。 「おはよう、ティエリア。」 アレルヤが、声をかける。 反応が、ひどくスローだ。ぼんやりとした表情で、まばたきをくりかえすそのさまは違和感がありすぎる。 それでも、さらりとした髪には、寝癖も一つも付いておらず、艶やかなままだ。 「ね。ティエリア、朝はいっつも、こうなんです。」 耳打ちされる。 「刹那の声以外には、朝は、こんなもんなんですよ。 ま、ブリーフィングとか、ミッションになったら、別なんですけどね。」 アレルヤが、必死で笑い声を、かみ殺す。 だからといって、ロックオンは、気楽に笑い飛ばす心境にもならない。 朝だから、ぼんやりしているとはいえ、確実に見られている。 逆にいえば、いつ、今さっきの光景ー〜同僚マイスターのキスシーンが、記憶としてよみがえったっておかしくない。 それを、いつどの時点で、問い詰められ、糾弾されるのか、想像するだに恐ろしい。 かといって、さっきのことを考えるに、フォローに入るのも逆効果だろうというのは、想像できる。 ロックオンは、学ぶ人間だ。 どんな場合においても。 ロックオンにとって幸いだったのは、アレルヤの言葉の前半部を、きれいに聞き洩らしてしまったことだろう。 それを、しっかり耳で捉えていたなら、さらに頭を抱えこみ、耳までふさいでしまいたい心境になっていただろう。 迷わず、ブリーフィングなんて欠席するぐらいの衝撃は受けるだろう。 自分と、アレルヤのことはさておきにして。 だが、現在、ロックオンの思考回路は、そこまで、追いついていない。 とりあえず、を乗り切るだけで、精一杯だ。 その後のミーティングでも、ティエリアばかりが気になって、思わず挙動不審に陥る。 先刻のほわぁっとした表情からは、まったく考えられないほど、 ブリーフィングでのティエリアは、いつもどおりの冷静な表情。 そして、アレルヤとロックオンを、まったくかまう様子がないのは、よい傾向だ。 ほっと、胸をなでおろす。 それでも、となりで、しれっとした恋人にも、おれは、怒っている、とアピールする視線を、向ける。 ブリーフィングがなければ、完璧に説教モード突入だ。教育モードなんぞでは気持ちが収まらない。 ちりちりと神経が焦げる音が聞こえてきそうだ。それほど、いらいらと恥ずかしさに、駆られる。 ひょうひょうとした彼にとっては、ひどく珍しいことだ。 アレルヤと、ティエリアを交互に見やっているのに気づかれて、ティエリアの雷。 「ロックオン・ストラトス!!年長者としてなってない!!自覚ぐらい持ったらどうですか。」 そんな冷たい言葉を与えられる。 しゅん、とした顔をさらすロックオンも、みごとに犬系だ。 人のことは言えない。 アレルヤも、ロックオンも、気のいい大型犬タイプの人間だ。 それが、こういった場では、よくわかる。 が、ティエリアの絶対零度の言葉も、甘んじて受けるしかない。 口答えも、いなすことも今日は、無理だ。気力がない。 気分的にいえば、もう一度、ベットに戻って、改めて今日という一日を始めたいとすら思う。 思わずため息を漏らす。 ほんっとぉに最悪の一日のスタートだ。 やりきれない。 思わず天井を仰ぐ。 それでも、一日は、始まってしまっているわけで…・。 今日一日を無難に過ごそう!と、心に決めたロックオンだったが、その自信すら、微妙なところだった。
犬派、猫派で、のカップリングは、結構おいしいと思うのですが、皆様いかがでしょうか? ひそかに、刹ティエブームが起きつつあったり。
[09年4月2日]