ティエリアが熱を出した。
もちろん、看病役が、みんなのお母さんロックオンに回ってきたのは、まぁ、当然といえば当然のことで。
ただ。
アレルヤの気がかりは、すっかり元通りの毒舌を発揮するようになったティエリアをいさめるロックオン。
頬が、ほんわりと赤い。
それを、確かめようとジィっと顔を眺めてしまう。
ロックオンが気になる。
アレルヤは、ロックオンがいれば自然と意識をそちらに向けてしまいがちになる。今だってそうだ。
気にかけていなければ気づくレベルではないのかもしれない、
マイスターはもちろん、他のクルーすら、ロックオンの様子に言及する気配はない。
「ロックオン、熱でもある?」
「あ?どした、おまえも、看病でもされたいってか?」
いいこいいこ、というには、ずいぶんと乱暴にロックオンが、髪をなでる。
「ああ、してもらえばいい。
額に湿ったタオルを乗せられるは、やけに柔らかいご飯を無理やり食べさせられる。」
ティエリアが、眉をひそめて、いやそうな顔をする。
看病セオリーも、ティエリアにしたら、迷惑極まりない行為だったようだ。
それで、早く治ったのは気づいていないような口調も、普段の態度から比べれば、まだ、かわいげがある。
「あれはなぁ!」
言いかけて、ロックオンは途中でやめる。
「・・・・すまない。ありがたかった。」
背中を向けて、部屋を出る途中のティエリアの言葉が届いたから。
「わぁってるって。でも、病み上がりなんだから、大事にしろよな!」
「そうだよ、無理しないでよ、ティエリア。」
「わかってます。
刹那のところには、行きませんから。」
一瞬だけ、アレルヤにきつい視線を投げかけて、その場を立ち去る。
それに、首をひねるのは、ロックオン。
あけすけの物言いに、息をのむアレルヤ。
表情が、こわばる。
「別に、刹那にうつるとは、思ってないけどな?」
「そう、ですよね。」
そういう運動はしません、そういう宣言のように聞こえたのは、アレルヤの聞き間違えではない。
アレルヤの視線に、気が付いていないようでは、刹那とティエリアの関係に気がつくはずもない。
支給品のシャンプーでない香りが、二人から漂ってきたり。
小さなことの積み重ねが、今の二人を作っている。
ロックオンのどこかとぼけたともいえ鈍さも安心する要素でもある。
が、自分の立場を考えれば、それは、嘆くべきことなのかアレルヤには、判別がつかない。
そういうこともあり、表情は、複雑なものになる。
知らず知らずのうちに、よった額のちょん、としわをつつかれる。
そして、にやりと、唇が動く。
「何、すねてんだ?本気で寂しかったのか?しばらく、ティエリアにかかりっきりだったから」
「別に。」
言葉数少なく、返す。
子供扱いをされるのは、おもしろくない。
ティエリアにかかりっきりで、寂しかった?
そういうからかい程度の言葉も、的をかすっている。でも、あらわにすることは、許されない。
そんなことで、イラつく自分の小ささも、逆に情けなくなる。
「そういわれても、ちょいと、寂しい、かな。俺がね。」
そういって、わざとらしく表情を曇らせる。
年上なのに。
かわいいと思ってしまう理由には、アレルヤ自身も、気づいている。
どうこうしてしまいたい、そういった積極的な形は、取れなくても。
ひっそりと、想っている。
心の中で、その存在がいつからこんなに大きくなったのかは、わからない。
「それじゃ、寂しかったってことにしておきましょうか?」
わざとらしく答える。先ほどのロックオンのわざとらしさへのちょっとした意趣返しだ。
「よし、んじゃ、寂しい思いをさせたお詫びに、俺の部屋でも来るか?
コーヒーでも入れてやるよ。」
極上の笑み。
とろけるような、という形容詞をつけてもいいような笑顔。
心が、ほんのりと熱くなる。
「んじゃ、なんか見てて待ってて。そこらへんに、ソフトあるから。」
ソファに、座らされる。
自室に、ソファなんてものを置いているのはロックオンぐらいだ。
他のマイスターたちの部屋は、似たり寄ったりの無機質な空間なのに、
ロックオンの自室だけは、誰かを迎えられるようになっている。
それが、本人の気性をよくあらわしている。
温かくて、すべてを受け入れようとする懐の大きさがうかがえる。
そして、そんな部分がアレルヤは、とても好きだった。
少し離れたテーブルで、ロックオンは、コーヒーを入れる。
とはいっても、ドリップ式の旧式メーカーのスイッチを入れる程度のものなのだが。
簡易キッチンでもあれば、もっとしっかりといれてやれるのに、ロックオンは、嘆くけれども
、このスペースじゃ、ソファを入れるだけで、精一杯のスペースしかない。
コーヒーの香りが部屋に広がる。
幸せににおいがあれば、きっと、こんな匂いに違いない。
そういつも思う。
正直、コーヒーの味なんてよくわからないけれど。
カップを用意するロックオンの背中を眺めたりすると、そうとしか思えなくなる。
「ほい。できた。」
差し出されるコーヒーを受け取る。
一瞬、触れた手が熱い気がする。
コーヒーを手渡される時でも、ロックオンの手は、いつも、少しひんやりしているのに。
ロックオンが、熱を出しているのは、もう確信に近い。
「ロックオン、体調は大丈夫?
ティエリアの風邪もらってないですか」
「いや、別にそんなことはないと思うけど。
なんだか、少しだけ眠い、かも知んないな、そう言われれば。」
カップをサイドテーブルに置く。かつん、と音が鳴る。
「ロックオン、こっち向いて?」
額を、合わせる。熱を測るには、これが一番だ。
翡翠色の瞳も、幾分うるみを帯びている。
「熱ありますよ、これ」
それには、答えずにすぅっと瞳が閉じられる。
吐息が、甘い。縮まる距離にアレルヤは、驚きに固まる。
唇に触れる熱。それは、間違いようもなかった。
柔らかな髪の毛が、頬をくすぐる。>
最初は、触れるだけ。
そして、徐々に深く。
アレルヤは、戸惑う。瞼すら閉じられずに、その白い肌を、ぼんやりとみつめる。
思考が止まる瞬間があることを知る。
それでも、突き放せない。
体の力が、抜けてしまいそうになる。
どう判断していいのかわからない。
頭が、ぼぉっと白く染まる。体が、熱を帯びる。
誤解、間違い。
これは、自分の願望が描いた幻、そんなことを必死で思う。
ありえない。そうとしか、この行為を説明できない。
そのくせ、その唇の感触も、すべてが生々しくて、逃げることができない。
混乱するだけだ。
数秒遅れてようやく、ロックオンの体を、乱暴にならない程度に、離す。
「・・・ロックオン?
気づいてないかもしれないけど、熱、出てる。」
思わず、声が上ずる。>
熱のせいで、こんな行動をとるんでしょ、わけがわからない。
必死の問いかけだ。肩にまわされた腕を、振りほどく。
自分の思い込みかもしれない。熱に浮かされた行動、そう理解したほうがわかりやすい。
ブレーキをかける。
熱のせいではない艶を帯びた瞳が、不満げな色を見せて、指先が、前髪をかきあげる。
ぐしゃり、と嫌な乱れ方で、前髪が落ちる。
「・・・推し量れよ。」
ワントーン落ちた声。視線は、落ちたまま。
「おまえの、そういうとこ、嫌いだ。」ロックオンの声は、低いトーンを保つ。
それが、えも知れない迫力を生む。
いつもの陽気な兄貴分とは、まるで違う。まるで、別の生き物を見るような気がするほどだ。
「でも!!!」
「・・・・・熱ぐらいわかってる。
でも、そうでもなきゃ、こんなことできないぜ?」
アレルヤを視界にとらえて、唇をゆがめる。
その瞳は、怒り、そして、情けなさ、悔しさ、いろいろな感情を秘めて、光る。
射抜かれる。
強いものを秘めた視線に、アレルヤは、黙りこむ。
応えようがない。
先ほどとは、違う種類の戸惑い。
「年も上、それも、俺も、おまえも男だ。
体だって、がつがつかたいだけだろうし、つまんねぇかもっておもう。
だいたい、世間一般じゃ認められない。
それぐらい、わかってんだよ。」
自嘲気味な口調。
「でもな、俺は、お前がどうしょうもねぇぐらい好きで、
どうしていいか、わからない。
なぁ、どうすればいい?」
まっすぐな問いかけ。先ほどの激情は、影をひそめた静かな声。
その静かさが、ロックオンの絶望に近いような感情を表しているようで、アレルヤをいたたまれなくさせる。
「どうでもいいぜ。
好きなように解釈してくれて。」
その言葉は、どこか投げやりに響く。
考えることに疲れてしまった声だ。
両手で、顔を覆いうつむいた表情は、全く読み取れない。
沈黙が続く。
無言の拒絶と取るには、十分すぎるほど。
「な。
アレルヤ。
なかったことにしてくれていいぜ?すまないっておもってる、嫌な思いさせて。」
「・・・・・」
唇を湿らせても、言葉の一つも出てこない。
嬉しいと思っていいはずなのに、そこまで思考が付いていかない。
「・・・大好きだった。
」
過去形で告げる。その一言だけしか口にできない。
もう、これで終わり、自分で納得するために。思いを伝えるためにではなく。
それが、ひどく辛いことだった。
こんな言葉、使いたくなかった。
顔をあげて、必死の思いで笑顔を作る。
まだ、直接顔を見ることはできず視線をかすかにずらす。
「だからよ。
おまえが、気持ち悪いっていうなら仕方ないけど、今まで通りいようぜ。」
世界が色あせて見える。まるで、世界においていかれたようだ。
思いのほか、重症。呟く。
情けない、玉砕してこのありさまだ。
思わず、アレルヤとの距離が近づいた瞬間、体が動いていた。
自分を心配して、かすかに寄せられた眉。まっすぐに自分をとらえるヘイゼルの瞳。
そんなものを、ひどく愛しく思って。
それでも、熱のせいにして、逃げてしまえばよかった、そんな思いも、浮かんでは消える。
熱で意識が吹っ飛んだ、そう自分を弁護すればよかった。
それでも、先ほどの情欲的な行動は、どう、いい繕いようもない。
アレルヤなら、ごまかせた?
些細なところで、頭がショートする。
自分のとった行動を、否定も、肯定もできない。
それでも、何も、言わなければ、行動を起こさなければ、
アレルヤの中での自分のポジションは、揺るがなかったそれだけはわかる。
少なくとも、一番近くに入られた、はずなのに。
ばかすぎる。
でも、そうでもしなければ、この感情の行き場所すら見つけられなかった。
流れる思考は、徐々に熱でぼんやりとしてくる。
まるで、夢の中の出来事のように感じられる。
このまま、毛布でもかぶって寝てしまえば、いつも通りの朝が来る?
片目しかしかのぞかない切れ長の瞳、それをひどくきれいなものだとロックオンは思う。
きっと、その眼に映る世界は、自分のものと違うまっすぐさをもっている。
その気質の穏やかさと、しなやかさを愛している。
控え目で、けして、人を押しのけてまで、自己主張をすることはない。
なのに、その芯には、ぶれない強さには憧れにも近い思いを抱く。
自分のように、偽りを抱かない。
重いものを抱えていても、越えていける力を持つ。
辛さもすべても、いずれは、自分の力に変える。それを、見事に体現してみせる。
この間の成長も、すべて、そうだ。
「僕は、貴方が嫌いです。」
きつい言葉に反して、穏やかな視線がロックオンをとらえる。
辛さを覚えるのをためらうほど、静かな声。
「なんでも、一人で勝手に決めつけるあなたがきらいです。
僕は、一言もそんなこと言っていない。
僕の答えを言うチャンスもくれないんですね。
そんなところは、嫌いです。」
心拍数は、跳ね上がる。
かすかに赤い頬に触れる。
ひどく熱い。熱のせいか、触れる自分の中に熱がこもっているのかがアレルヤにはわからなかった。
指がぎこちなく震える。
キスをする。
柔らかく、唇を噛んで、口づける。先ほどと違い、ロックオンのほうが、戸惑ったかのように動きを止める。
かすかな煙草の味が舌先を、ちりっと焼いた。
さっきは感じる余裕すらもなかったけれども、唇が柔らかく、温かい。
鼓動の速さも、もう、どちらのものかわからない。
思わず、ロックオンの体に体重をのせる。
バランスを崩した形で、ソファに二人の体が沈む。ぎしり、と不吉な音を立てる。
それにも、かまわずキスを繰り返す。
唇に、頬に。
そして、耳もとも軽くかむ。何かを考える前に体が動く。>
ロックオンの瞳は、驚きの余りにか、見開かれたまま。
その色彩をいつまでも、見ていたい、そう思う。
すぅっとまぶたが閉じられる。
それが、残念に思われて抗議の声を上げる。
「目、あけていてください。
こんなに近くで見たことなかったから。
綺麗。
前に見た海の色に似ています。」
いたわるようにその眼もとにそっと触れる。傷つけてはいけない、大切なものに触れるときのように。
それは、海と同時に宝石のような輝きにも見えたから。
「それは、反則。
こいうときは、目を閉じるのが、礼儀なの。
習わなかったか?」
軽い笑い声をあげて、アレルヤの頭を胸に抱き寄せる。
それが、照れ隠しでもあるのあきらかだ。
頭を子供のように撫ぜられる感触は、気恥かしい。
答えるかわりに首筋を唇でなぞる。ほんの少しのおかえしだ。子供ではない、という小さな反抗
ふ、と小さな吐息が空気を震わせる。
白い肌が上気するのが見て取れる。
「・・・教えて、くれるんですか」
「ん・・。おいおい、とな。」
―その約束は、果たされたとか、果されてない、とか。
それは、また別のことで。
ただ。
この後、アレルヤまでが寝込む羽目になったのはお約束のことだった
あきらかに、朝チュン推奨。どうがんばっても、そこまで書けませんでした。
アレ攻意識してみたもののいかがでしょうか。
[10年1月 9日]