白いシンプルなカップ、同じく無地のソーサー。 ロックオンは、いつも以上に丁寧に入れたコーヒーを注ぐ。 微かな波紋がカップの中に広がる。 それを、じっと、見つめる。 「ほい。アレルヤ。」 簡易テーブルに、いれたてのコーヒーを置く。 精密射撃をも、こなす指先がかすかに震える。 ソーサーに茶色いシミが広がる。 ソーサーとセットで出してよかった、そんな思いが心のどこかをよぎる。 いつもなら、わざわざソーサーまではつけない。 「ありがとうございます。」 安らいだ目をアレルヤは、ロックオンに向けて、ほほ笑む。 信頼が、その表情から、うかがえる。 このあとに告げられる言葉など、全く想定していない。 まるで、裏切るような気持ちになる。 自分だって。 いつまででも、許されるなら。 この笑顔を、信頼を、失いたくない。 カップを、両手で包む。 そんな癖を見るのも、これで、もう、最後。 胸が痛む。 それでも。 心を奮い立たせて、アレルヤの正面に、椅子を引っ張ってきて、腰掛ける。 「うまいか?」 こくり、とうなずかれる。 今まで以上に、気を使って入れたコーヒーだ。 これから、コーヒーをアレルヤに入れてやることはおそらくない。自室に招くこと2度とない。 最後に、覚えていてほしい。 自分の入れたコーヒーの味を。 そんな感傷で、カップセットまで地上に降りた際に新調した。 しろ、アレルヤのイメージだ。 何物にも染まらない強さ。 「な、アレルヤ?」 「はい?」 「もう、おれの部屋にくんな。」 「僕、何か気に障ることしましたか?」 瞳が、怪訝な色を浮かべる。 もっと、根源的なことには気づいていない。 これが、別れのーロックオンからの、訣別の言葉であることを。 それを知らしめるために、ロックオンは、言葉を続けざるをえない。 ここで、すべてを察してくれれば、そこで、会話を打ち切れることができるのに。 「もう、な。 俺と、おまえの『特別』な関係も、終わりだ。」 アレルヤの隠されていない方の瞳が、大きく見開かれる。 壊してしまった。 アレルヤを。 「どうして・・・」 「それを、言う気も、ねぇよ。」 声が、かすれる。 自分でも声に乗る感情をコントロールできない。 声が、低くなる。 「でも!!理由ぐらいえばいいじゃないですか。」 声がいつにない激しさをのせる。 ロックオンは、ただ、それを、否定も、肯定もしない。 ただ、アレルヤの顔を見つめて。 目は、逸らさない。 アレルヤを、思うなら。 俺たちは、離れなければならないー。 だから、どんなこともいとわない。 「理由すらいえないんですか。」 落胆。 アレルヤを思うなら、理由は告げられない。 多分、ロックオン自身の問題が過剰に含まれているから。 絶望、顔にも、声にも、色濃く表れる。 瞳が、揺れる。 まるで、答えを探すように。 自分が、招いた結果だ。 始めなければ、終わりもなかったのに。 お互い違う道を選んでいたはずー。 その思いだけが、ロックオンを支配する。 ―間違ってたのは、俺だけだ― 「なぁ、アレルヤ。 今のお前には、何言っても、嘘っぽく聞こえるのはわかってる。」 ロックオンは、声を和らげる。 自分の方が告げた言葉だ、傷つくことなんて許されない。 自分の方が大人だ。 表情を保つ。 いつもと同じ優しい兄貴分の顔を。 それ以上でも、以下でもない。 感情は、殺せ。 アレルヤの瞳から、透明な涙が、一滴こぼれるのを、指先で拭う。 触れるのも、最後。 終りが分かっている今だからこそ、どうしようもなく、優しい気持ちになる。 優しくしてやりたい。 「俺は、かわんねぇよ。 また、前と同じに戻るだけだ。 俺は、お前を見てる。 なんにも、怖がることない。 俺は、変わらない。」 繰り返す。 変わりたくない。 その思いが、あふれそうになる。 それを、かみ殺して、アレルヤを、安心させる言葉に変える。 穏やかな声と、言葉を選んで。 アレルヤを、見守る。 単なる同僚として、刹那や、ティエリアに向ける視線と同じ、兄貴分としての自分。 それ以上は、求めさせない。 そしてー求めない。 ロックオン自身が。 アレルヤから与えられるものすべてを。 確固とした意志だ。 「僕が、何を言ったって、仕方ないんですよね。 あなたは、そういう人でしょうし。」 ―だから、そんなあなたが、好きでした。 自分の道を選べるあなたが。 その言葉を、アレルヤは、かろうじて飲み込む。 アレルヤの悲しみを押し殺した声、それに、ただうなずいて、肯定の意を示す。 視線を上に向ける。 何かが、こぼれださないように。 「アレルヤ。」 特別な思いを込めて呼ぶのは、今日が最後。 あとは、何もなかったように、全てが、ほんの少し前と同じになるだけ。 それが、どうして、こんなに辛いー。 浮かべた笑みの裏で、唇を噛むしかできない。 嘆くな。 心を、揺らすな。 正しい道を、選んだんだからー。 ロックオンは、それを、己に言い聞かせる。 強く、それだけを。
泥沼にしたい、感じでまだ続きます。思う存分暗くできるのが、00のいいところ、とか思いつつも。
それを超えて、甘甘に逃げたい気持もありですが(爆)
2.ロックオンサイドに続きます。しばし、お付き合いいただければ幸いです。
[09年2月18日]