dearest 1 

白いシンプルなカップ、同じく無地のソーサー。
ロックオンは、いつも以上に丁寧に入れたコーヒーを注ぐ。
微かな波紋がカップの中に広がる。
それを、じっと、見つめる。

「ほい。アレルヤ。」
簡易テーブルに、いれたてのコーヒーを置く。
精密射撃をも、こなす指先がかすかに震える。
ソーサーに茶色いシミが広がる。
ソーサーとセットで出してよかった、そんな思いが心のどこかをよぎる。
いつもなら、わざわざソーサーまではつけない。
「ありがとうございます。」
安らいだ目をアレルヤは、ロックオンに向けて、ほほ笑む。
信頼が、その表情から、うかがえる。
このあとに告げられる言葉など、全く想定していない。
まるで、裏切るような気持ちになる。
自分だって。
いつまででも、許されるなら。
この笑顔を、信頼を、失いたくない。
カップを、両手で包む。
そんな癖を見るのも、これで、もう、最後。
胸が痛む。

それでも。

心を奮い立たせて、アレルヤの正面に、椅子を引っ張ってきて、腰掛ける。
「うまいか?」
こくり、とうなずかれる。
今まで以上に、気を使って入れたコーヒーだ。
これから、コーヒーをアレルヤに入れてやることはおそらくない。自室に招くこと2度とない。
最後に、覚えていてほしい。
自分の入れたコーヒーの味を。
そんな感傷で、カップセットまで地上に降りた際に新調した。
しろ、アレルヤのイメージだ。
何物にも染まらない強さ。

「な、アレルヤ?」
「はい?」
「もう、おれの部屋にくんな。」
「僕、何か気に障ることしましたか?」
瞳が、怪訝な色を浮かべる。
もっと、根源的なことには気づいていない。
これが、別れのーロックオンからの、訣別の言葉であることを。
それを知らしめるために、ロックオンは、言葉を続けざるをえない。
ここで、すべてを察してくれれば、そこで、会話を打ち切れることができるのに。

「もう、な。
 俺と、おまえの『特別』な関係も、終わりだ。」
アレルヤの隠されていない方の瞳が、大きく見開かれる。

壊してしまった。
アレルヤを。

「どうして・・・」
「それを、言う気も、ねぇよ。」
声が、かすれる。
自分でも声に乗る感情をコントロールできない。
声が、低くなる。
「でも!!理由ぐらいえばいいじゃないですか。」
声がいつにない激しさをのせる。
ロックオンは、ただ、それを、否定も、肯定もしない。
ただ、アレルヤの顔を見つめて。
目は、逸らさない。


アレルヤを、思うなら。
俺たちは、離れなければならないー。
だから、どんなこともいとわない。

「理由すらいえないんですか。」
落胆。
アレルヤを思うなら、理由は告げられない。
多分、ロックオン自身の問題が過剰に含まれているから。
絶望、顔にも、声にも、色濃く表れる。
瞳が、揺れる。
まるで、答えを探すように。

自分が、招いた結果だ。
始めなければ、終わりもなかったのに。
お互い違う道を選んでいたはずー。
その思いだけが、ロックオンを支配する。

―間違ってたのは、俺だけだ―

「なぁ、アレルヤ。
 今のお前には、何言っても、嘘っぽく聞こえるのはわかってる。」
ロックオンは、声を和らげる。
自分の方が告げた言葉だ、傷つくことなんて許されない。
自分の方が大人だ。
表情を保つ。
いつもと同じ優しい兄貴分の顔を。
それ以上でも、以下でもない。

感情は、殺せ。


アレルヤの瞳から、透明な涙が、一滴こぼれるのを、指先で拭う。
触れるのも、最後。
終りが分かっている今だからこそ、どうしようもなく、優しい気持ちになる。
優しくしてやりたい。

「俺は、かわんねぇよ。
 また、前と同じに戻るだけだ。
 俺は、お前を見てる。
 なんにも、怖がることない。
 俺は、変わらない。」

繰り返す。
変わりたくない。
その思いが、あふれそうになる。
それを、かみ殺して、アレルヤを、安心させる言葉に変える。
穏やかな声と、言葉を選んで。

アレルヤを、見守る。
単なる同僚として、刹那や、ティエリアに向ける視線と同じ、兄貴分としての自分。
それ以上は、求めさせない。
そしてー求めない。
ロックオン自身が。
アレルヤから与えられるものすべてを。
確固とした意志だ。

「僕が、何を言ったって、仕方ないんですよね。
 あなたは、そういう人でしょうし。」
―だから、そんなあなたが、好きでした。
自分の道を選べるあなたが。
その言葉を、アレルヤは、かろうじて飲み込む。

アレルヤの悲しみを押し殺した声、それに、ただうなずいて、肯定の意を示す。
視線を上に向ける。
何かが、こぼれださないように。

「アレルヤ。」
特別な思いを込めて呼ぶのは、今日が最後。
あとは、何もなかったように、全てが、ほんの少し前と同じになるだけ。
それが、どうして、こんなに辛いー。

浮かべた笑みの裏で、唇を噛むしかできない。

嘆くな。
心を、揺らすな。
正しい道を、選んだんだからー。

ロックオンは、それを、己に言い聞かせる。
強く、それだけを。








		

泥沼にしたい、感じでまだ続きます。思う存分暗くできるのが、00のいいところ、とか思いつつも。
それを超えて、甘甘に逃げたい気持もありですが(爆)
2.ロックオンサイドに続きます。しばし、お付き合いいただければ幸いです。
          

[09年2月18日]