ひどく体が重い。 遺された二人分のカップ。 ベットの上に体を投げ出して、それを、見やる。 たたき割ってしまいたい。 そんな衝動にも駆られる。 アレルヤの顔が、思い浮かぶ。 つい先刻の表情が、目の奥にこびりついている。 どうしようもなく気づ付いた顔、部屋を出るころには、何の表情も浮かべていなかった。 単なる空白が、彼を包んでいた。 笑った顔、安らいだ表情が上手に思い描けない。 「あ〜あ。」 そんな声が、漏れる。 両目を、あわてて、右腕で隠す。 これ以上目を、見開いていたら、泣く。 瞬間的に思った。 この部屋は、優しい思い出で満ちている。 涙が、こぼれる。 腕の下を、暖かい涙が伝う。 アレルヤと、自分の関係は、歪だった。 初めて、触れたぬくもりに、アレルヤは、すがりついた。 そして、それを、愛だと誤解した。 愛している、アレルヤが、自分を抱きながら、そういったときに、初めて知った。 最初は、熱にうかされた状況下での言葉だろう、そう思った。 だから、受け流せた。 ロックオン自身与えられる熱量に翻弄されていたのだから。 しかし、アレルヤは、何度も、繰り返した。 言葉が若干変わっても、 アレルヤが、口にするのは、 「愛している、愛しい」というただ、それだけ。 一度だけ、目をあけて、その時のアレルヤの表情を見たことがあった。 ただ、自分だけに注がれる愛しげな視線。 真摯で、嘘も偽りもない。 それを知った。 熱になど浮かされていない。 それは、ある種の恐怖すらロックオンに与えた。 そして、自分が、ひどくアレルヤを裏切っていることを気づかせた。 ロックオンは、泣いた。声を上げて。 それを、アレルヤは、どう取ったのだろう。 歓びの声だと、とったのだろうか。―わからない。 自分は、そんな人間じゃない。 自己否定ではない、客観的に自分を見つめることができるからの答えだ。 アレルヤに、そこまで思われる理由なんて何一つない。 アレルヤを受け入れる柔らかい体も、心も、持ち合わせていない。 何も生み出すこともできない。 自分の醜さを知るから、人一倍、人のことを気にかける。 それは、偽りだ。 見せかけの優しさで、弱い自分を守るだけのずるい人間。 人並み以上に、人の心を読めるから、他者に不愉快感を与えず、うまくたちふるまう。 それが、自分の特質であることをロックオンは知っている。 良い悪いを問われれば、ロックオン自身も、それは、悪いことだとは分かっている。 だがー。 彼が生きる上では必要なことだ。 体を開くのだって、アレルヤが、それを望むから。 自分が、快楽を得たいからー。 それだけの、理由しかない。 それ以上の意味はない。 最初の始まりが、すがられた手を、振りほどく気力がないこと、 自分の寂しさが、そうさせているのを、ロックオンは、知っている。 どれほど言葉を取り繕おうとも。 自分の持っているものは、すべてアレルヤに与えてやりたい、そう思ったのも事実だけれど、実際そんなことはできなかった。 安らぎを与えてやることすらできなかった。 アレルヤは、ロックオンから与えられるものを、愛だと誤解したようだったが、 幼少時に、無条件に愛されたことのあるロックオンにはわかっていた。 こんな打算に満ちたものが、愛と、呼べるものではないことを。 アレルヤは、そんな事を図ることすらできない環境で生きてきた。 それは、ひどく悲しいことだ。 そんな彼に、愛の意味を、履き違えさせてしまった。 愛を知らない、という状況よりも、はるかに悪い。 教えてしまったのは、自分だ。 気づきながらも、本心をさらけ出さず、アレルヤの望むふるまいを続けた。 わかりあったふりをして、体を、重ねて。 大人の余裕で、彼を、けむにまいてー。 そんな関係は、間違っている。 なのに、ロックオン自身は、どうしようもなく、アレルヤに惹かれていった。 否定することもかなわないほど。 離したくない。喪えない。 寄せられる信頼に、笑顔。 ぬくもり。 欲しいと思った瞬間に、アレルヤから与えられる優しさ。 人知れぬ憂いを、察して、アレルヤは、ロックオンのそばに寄り添ってくれていた。 必要以上に、干渉せず、距離をとって。 ロックオンが快いとおもう距離以上は、近寄ってこなかった。 そのくせ、ロックオンが、すがりつきたいほどの弱さに襲われた時は、きっちりと感じ取って、距離を埋めた。 同じ思いを返せるなら、それはそれで許されるかもしれない。 なのに、自分は、肝心なところで逃げを打つ。 恐れが、生まれる。 人に望まれ、求められることに。 執着を生む。 生への固執。 咎は受ける、そう決めているのに。 回避できるなら、回避したい。 生きていたい、共に生きていきたい。 余計な望みを抱く。 そして、それは、ロックオンの本懐を遂げるのにもーCBの理念に、まったく必要ではない。 却って邪魔になる。 個人の感情など。 アレルヤの心を、裏切ったまま。 そのくせ、自分は、アレルヤから与えられるものすべてを享受する。 間違っている。 こんなのは。 ずるい、醜い、汚い、そんな思いがロックオンの中に生まれていった。 それは、ひどく苦いものだった。最初の、自分がアレルヤに何かを与える。 そう思っていた時には、決して生まれなかった思いだ。 優位にー保護者としての立ち位置、そんなものを気取っていたロックオンは、もう、いない。 何度結論を、自分に優しいものに変えようとしても、たどりつく結論がそれだと悟った。 だから、別れを切り出すしかなかった。 アレルヤの将来を、曇らせないために。 今以上の傷を、彼に残さないように。 「ち・・・っくしょ。 わっかんねぇ。」 嗚咽が、漏れる。 情けない、そんなことを考える余裕もない。 流れる涙は、ぬぐわない。 望んで、自分が出した結論。 なのに、こんなにも、打ちのめされるのか。 「ロックオン、ナイテル。ナイテル。」 枕もとの台座に置いておいたはろが、突然声を上げる。 「泣いて、ない・・・。 ないて、なんかない、大丈夫、だ、から、」 声が、涙に埋もれる。その合間に、呼吸をする。 まるで、そんなロックオンを気遣うように、ハロの目が、光る。 「ロックオン、ナカナイ。ナカナイ。」 その声すら、感傷的にロックオンの耳には、届く。 「あんがと、な、ハロ。 明日っからは、もう、こんなことぜってぇないから。」 「ナイ!ナイ!モウ ナカナイ ロックオン ツヨイ ナカナイ ナカナイ」 その声に、力なくうなずく。 そうなれるように、明日は、どうか、いつもどおりに笑えますようにー。
ロックオンサイド。
報われない感じです。ドロドロさせたいと思いつつ、力量不足。反省。
[09年2月22日]