ロックオンは、ミッション時や、緊急時以外朝食を食べることを好んだ。 少なくとも、マイスターの中で一番、まともに朝食をとる人物だ。 そして、それにあわせるように、アレルヤ自身も、朝食をとる組の仲間入りをしてしまっていた。 毎日、軽い鼻歌でも歌いだしそうなさっぱりした顔で、たいして、代り映えのないしないメニューの朝食をとる。 不思議がったアレルヤに、味ではなく、習慣なんだと、苦笑いしながらロックオンは言っていた。 ロックオンが地球出身で、太陽に合わせた生活を送っていたころの名残りなのかもしれない。 そして、本人自身懐かしんでいるのか、その習慣を変えようとはしていなかった。 そのロックオンがいない。 なのに、アレルヤは、一人、朝食をとる 時間をずらしたせいか、ほかのクルーも誰もいない。妙にフロアが広く感じられて、首をかしげる。 とはいっても、食事をとるのは、モレノ、イワンらの年長クルーと、几帳面なフェルトぐらいだ。 シフトの関係で、全員がそろうことはなかったものの、ロックオンと二人きりという状況はなかったように思う。 だが、昨日の今日で、広いフロアに一人きりというのは、面白い状況ではない。 朝食も、こんなに味気ないものだっただろうか。 いつもと変わらないはずなのに、パンが、ぱさぱさして、水分が欲しくなる。 手を伸ばして、コーヒーがないことに気がつく。 コーヒーは、朝食の時、必ずあったものだ。 もしかしたら、今日のように、とってくるのを忘れていることもあったのかもしれない。 それでも、コーヒーがない、なんてことは一度もなかった。 さりげなくロックオンが運んでくれていたのかもしれない。 それに、気づいて、心が重くなる。 いや、それどころか、特に自分で意識して持ってきた覚えもない。 せめて、無意識の上に持ってきてた、そうであればいい、そう思う。 こんなところで、ロックオンの不在を悟る。 もう、自分の隣に彼はいないー。 認識する。 唇を、歪める。 彼がそうしていたように、それだけでとどめたかったのに、ため息が、空気を揺らす。 ―ばっかじゃねぇの。 ハレルヤが、笑う。 その声に、幾分の同情めいたものが混じる。 それに、アレルヤも、苦笑を返さざるを得ない。 ―忘れちまえよ そうできればね。 そう返そうとして、やめる。 そう言葉にできるものでもない。 それっきり、ハレルヤも、黙り込む。 アレルヤも、ハレルヤとの会話は試みない。 あるのは、沈黙だけ。 飲み込むのも苦労するようなパンは、あきらめ、サラダだけを口にして、アレルヤは、トレーを片づける。 その間5分もかからない。 いつもの3分の1にも満たない時間だ。 スメラギが、滑らかな口調で、モニターの図を指し閉めながら、ミッションプランを説明する。 アレルヤの意識が向くのは、禁じようとしても、ロックオンの方だ。 いつもと変わらない。 なにも、だ。 きれいな横顔は、揺るがない。 ドアのわきに陣取り、壁に背中を預け、腕を組んで、スメラギのプランを聞いている。 まるで、アレルヤの方は気にしない。 部屋に入ってきた際も、アレルヤを認めると、手を挙げて、いつもと同じあいさつに、笑顔を浮かべた。 昨日のことがまるで、嘘のように。 辛い、のだ。 昨日と全く変わらない彼が。 少しでも、動揺を示してくれれば救われる。 なにもかもに、心を揺らしているのは、自分だけで。 アレルヤの存在は、ほんの少しも、ロックオンの心に残っていないのではないだろうか、そんな錯覚すら起こさせる。 別れですら、心に一つの傷も与えられない。 そんな存在だったのかー。 自分だけ描いていた幻想だったのかもしれない、苦い思いにとらわれる。 彼ぐらいー大人だったら、もっと彼のことが分かれたのかもしれない。 仕方のないことが心に浮かぶ。 「アレルヤ、聞いてる?」 「・・・はい。」 「なんだか、ぼぉっとしてるわよ。」 「すいません…。」 語調も弱くなる。 「まぁ、ミススメラギ。 たまには、そんなこともあるって。 たいした、プランじゃなかったし。」 のんびりとロックオンが言う。 スメラギが、そんな言葉に、苦笑をもらす。 結論を言ってしまえば、トレミー内での、情報収集と静観が、今回のプランなのだからだ。 「ロックオン!あなたは、何を言うのですか、たいしたことないなんて、ミッションに優劣はない!!」 ティエリアが、割って入る。 口調が、明らかにいらだちを感じさせる。 潔癖なティエリアは、言葉じりですらミッションを軽く見ることを許せないのだ。 ロックオンに、食ってかかる。 ロックオンは、あっさり、すまん、と言って引きさがる。 微笑ましい、とでもいうように目を細めて。 ロックオン自身、その潔癖さをけして嫌っていないのは、周りから見ていてもよくわかる。 ティエリアは、とげとげした雰囲気を引っ込めないものの、黙り込む。 微かに眉間にしわが寄っている。 ティエリアだって、争いたいわけではない。お互い、引くところは、ひく。 前のように、相手を追い詰めるような言動は取らない。 刹那は、二人を眺めるだけだ。 ここしばらくの間に出来上がったマイスター同士の関係性だ。 いつもなら、アレルヤが、ここで、なだめに入るところだが、そんな気力は残っていない。 明らかに、ロックオンが自分をかばおうとして、口をはさんだというのも重々わかるところだ。 仕方ないわ、そんな雰囲気を醸し出しながら、スメラギが、ミーティングを閉める。 刹那が、一番先に、部屋を出る。 アレルヤも、それに続こうとする。 が、ロックオンのわきを通らねば、部屋を出られないことに気がついて、一瞬、足を、止める。 誘導バーを掴んだロックオンの背中を、見つめる。 声を、かけなければ。 かばってくれて、ありがとう、と。 そして、昨日言えなかった、今までありがとう、も。 今伝えなければならない。 もう。 割り切らなければならないのだから。 いつまでも、彼に寄りかかるわけにはいかない。 忘れる。 今日までのことを、ロックオンとの関係のことはすべて忘れる。 違う。 なかったことにする。 自分の思いを否定したうえでしか成り立たないことだけれども好きだった思いも、今も、ロックオンを愛しいと思う気持ちも、すべて捨てる。 それしかない。 覚悟を決めて、アレルヤは、ロックオンの後を追う。 「ロックオン!!」 振り返る。 そして、バーから手を離して、立ち止まる。 「ん、なんだ?」 一瞬、声がのどに詰まる。 「ありがとう。」 ようやくの思いで口にする。 感情を交えるような会話は、これが最後。 昨日の一方的に断ち切られたような言葉ではなく、自分から伝えるこの言葉が最後になったとしても、救われる。 向き合ったうえでの終りなのだから。 アレルヤからの、すべての思いを伝えての終り、なのだから。 「気にすんな。 俺は、かわんねぇっていっただろ。 考えすぎんなよ。」 そして、指を銃の形にして、アレルヤに向けて、打つまねをする。 彼らしい悪戯のような仕草。 そんな時の彼は、年より、少しだけ子供に見える。 そんな瞬間が、アレルヤは好きだった。 「そうでしたね。」 小さな肯定を返す。胸が、疼く。 「ん、あと、アレルヤ、疲れてるんだったら、休めよ。 目のとこクマできてっから。」 アレルヤは、黙り込む。 灰色の瞳に、黒い影がよぎる。それをロックオンは、見て取る。 だが、表情は、ひょうひょうとしたものを崩さない。 そんな気遣いの言葉残さないで。 そんなのは、いらない。 辛いだけだ。 声に出しかけて、飲み込む。 それが、ロックオンの優しさだとしたら、ひどく、残酷だ。 別れを告げておきながら、振り切ることもできない、割り切ることもできない言葉や気づかいを与える、なんて。 何がしたいのかわからない。 別れを望むなら、そんなことするべきじゃない。 思う。 期待してしまう。 ―あいつ、ばっかじゃねぇのか? 「ええ、最大級の馬鹿、ですよ。」 ようやく、それだけ、呟く。 原因の俺が言うことじゃないけどな、ロックオンは、胸の内でつぶやく。 それでも、気になったのだから仕方ない。 アレルヤが、それ以上悩まなくて済むように、その場を離れる。 振り向かない。 アレルヤがどんな表情をしているか、なんて。 考えちゃいけない。 考える権利は、捨てた。 そのロックオンの横顔は、ひどく厳しい。 冴え冴えした光が視線に宿る。 痛みを押し隠すように。 変わらないことも、変わることも、難しい。 無限の感情のループ。
ロックオンサイド。
報われない感じです。ドロドロさせたいと思いつつ、力量不足。反省。
[09年2月22日]