dearest 5 

始まりは、宗教戦争だと聞いた。
名もないほど、小さな国同士の。
だが、もう、何を発端にして始まったのかも、定かではない。
ロックオンには、もう、想像できないほど昔からの諍い。
やむこともなく、火種は、周辺の国家に飛び火し、広範囲が戦闘域になっている。
復讐の連鎖。
流された血も、涙も、抑止力にはならなかった。
争いに次ぐ争い、拡大する戦火。
憎しみ、狂気。

ロックオンは、静かに、瞬きを繰り返す。

ここからは、戦場は見えない。
このベースキャンプの置かれている島は、ひどく平和だ。
それが、かすかに神経をイラつかせる。
無意識に窓辺に立つ。
ほんの数千キロ先が、戦場であることを自覚するように。
毅然とした表情が、ガラスに映る。

ソレスタルビーイングは、声明を出した。

各軍の即時停戦。

それ以上は、求めなかった。
和平のテーブルにつけ。そこまでは、望むべくもなかった。

最終通告だ。
停戦の兆しがなければ、3日、それ以上待たずに、ガンダムをもって、武力介入を始める、と。

そのために、愛機とともに、ロックオンは、この地に降りた。
引き金を引く覚悟と共に。

全世界にメディアを通じ、声明は、広められた。
今も、テレビでは繰り返し、この情報が繰り返される。
ソレスタルビーイングの脅威、横暴、もしくは、平和への望み、さまざまな語で、メディアは、あおる。
一般人にどれほど届くのだろう、そこまでは、計り知れない。
それでも、世界が、かたずをのんで見守っている。
そう感じるのは、ロックオン自身の気負いのせいだろうか。

何もなく、このまま、トレミーに戻れるのが理想だ。
だが、世界は、そうも、甘いか?
ロックオンは思う。
―そんなことはない。
それは、身をもって知っている。
死が生み出す憎悪、復讐への誓い、そういった類の後ろ暗い感情をロックオン自身が、抱く。
消せない刻印だ。
笑おうと、なにをしようと、息をする限り胸の内を、黒く焦がす負の衝動。

何世代にもわたる争いが生み出した憎悪の連鎖が、そうも、容易く途切れるはずもない。

武力介入が、より大きな憎悪を生みだすことになるかもしれないことも、わかっている。
だが、ソレスタルビーイングは、抑止力になりうる。
この世界の流れの中で、ただ一つ紛争根絶のための抑止力に。
そして、それが希望であることも、知っている。

表情が、険しくなる。

アレルヤならー。
きっと、この状況下でも、戦場に赴くということは考えないのではないだろうかー。
停戦が成立すると、信じてー。
ただ、静かに待つ。
それがなされなかったときの、寂しげで、そのくせに、自分の思いを振り切る強さを垣間見せる表情が、忘れられない。

辛くない、といったら、嘘になる。
こんなフラットに、二人で。
ただ、表面上の穏やかさを刻む。
真綿で首を絞めつけられるのに似ている。
お互いに、気づかいと、息をのんで耐えねばならないような痛みだけを重ねて。
どちらかが、このミッションを拒絶すればよかったのだ。
そして、そうされるのは、自分だ、と、ロックオンは思ったものだった。

一方的に関係破棄を告げたのは、自分だ。
理由も言わずー言えずに。
辛いのは、自分ではないはずだ。
ロックオンがとった行動には、裏付けがあった。自分をある程度は納得させるだけの強さを持つものが。
アレルヤには、それすら、ない。
ため息が、口の端から洩れる。

「ロックオン」
呼ばれて、振り返る。
「ん?」
一瞬、ロックオンの視線を受けるのをためるような表情を浮かべてから、
隣に立つ。
ほんの少し、距離を置いて。
アレルヤの指先が、窓ガラスをなぞる。
それを、ぼんやりと、眺める。
ここで、どんな表情をすればいいのか。
判断が遅れて、一瞬の空白。
―笑えないー
ガラスに映るアレルヤしか見られない。
視線を向けるのを無意識のうちに拒否する。
「拒否されると思いましたよ。
 あなたが、辛くないわけないから。
 僕といて、しかも、二人で。」
鏡像のように歪んではいないが、それでも、不確かで、ひどく遠くに思われる。
「でも、あなたは、拒否なんてしませんでした。
 それが、単純にうれしかったんです。」
柔らかな言葉が、選ばれる。
「おんなじこと思ってる。」
そう言ってしまいそうで、あいまいな笑みを刻む。
笑っているのを確認させるために、アレルヤに、向き合う。
心のうちは、見せられない。
「僕は、平気です。
 だから、もう、あなたは、何も気にしないでいいです。
気にしないでください」
芯の強い晴れやかと表現してもいいような笑み。
いつもの、控え目な表情ではなく。

それにロックオンは、目を瞬かせる。

「ロックオン、僕だって、変わります。」

「ああ。」

そう、呟くのが精いっぱいだった。

変われないのは、自分だけでー

アレルヤは、歩き始めている。
その実感が、伴う。
そして、それは、明確な喪失感につながる。

笑えて、いるだろうかー






		

どこに続くのかわからないまま、以下続く。
          

[09年3月10日]