始まりは、宗教戦争だと聞いた。 名もないほど、小さな国同士の。 だが、もう、何を発端にして始まったのかも、定かではない。 ロックオンには、もう、想像できないほど昔からの諍い。 やむこともなく、火種は、周辺の国家に飛び火し、広範囲が戦闘域になっている。 復讐の連鎖。 流された血も、涙も、抑止力にはならなかった。 争いに次ぐ争い、拡大する戦火。 憎しみ、狂気。 ロックオンは、静かに、瞬きを繰り返す。 ここからは、戦場は見えない。 このベースキャンプの置かれている島は、ひどく平和だ。 それが、かすかに神経をイラつかせる。 無意識に窓辺に立つ。 ほんの数千キロ先が、戦場であることを自覚するように。 毅然とした表情が、ガラスに映る。 ソレスタルビーイングは、声明を出した。 各軍の即時停戦。 それ以上は、求めなかった。 和平のテーブルにつけ。そこまでは、望むべくもなかった。 最終通告だ。 停戦の兆しがなければ、3日、それ以上待たずに、ガンダムをもって、武力介入を始める、と。 そのために、愛機とともに、ロックオンは、この地に降りた。 引き金を引く覚悟と共に。 全世界にメディアを通じ、声明は、広められた。 今も、テレビでは繰り返し、この情報が繰り返される。 ソレスタルビーイングの脅威、横暴、もしくは、平和への望み、さまざまな語で、メディアは、あおる。 一般人にどれほど届くのだろう、そこまでは、計り知れない。 それでも、世界が、かたずをのんで見守っている。 そう感じるのは、ロックオン自身の気負いのせいだろうか。 何もなく、このまま、トレミーに戻れるのが理想だ。 だが、世界は、そうも、甘いか? ロックオンは思う。 ―そんなことはない。 それは、身をもって知っている。 死が生み出す憎悪、復讐への誓い、そういった類の後ろ暗い感情をロックオン自身が、抱く。 消せない刻印だ。 笑おうと、なにをしようと、息をする限り胸の内を、黒く焦がす負の衝動。 何世代にもわたる争いが生み出した憎悪の連鎖が、そうも、容易く途切れるはずもない。 武力介入が、より大きな憎悪を生みだすことになるかもしれないことも、わかっている。 だが、ソレスタルビーイングは、抑止力になりうる。 この世界の流れの中で、ただ一つ紛争根絶のための抑止力に。 そして、それが希望であることも、知っている。 表情が、険しくなる。 アレルヤならー。 きっと、この状況下でも、戦場に赴くということは考えないのではないだろうかー。 停戦が成立すると、信じてー。 ただ、静かに待つ。 それがなされなかったときの、寂しげで、そのくせに、自分の思いを振り切る強さを垣間見せる表情が、忘れられない。 辛くない、といったら、嘘になる。 こんなフラットに、二人で。 ただ、表面上の穏やかさを刻む。 真綿で首を絞めつけられるのに似ている。 お互いに、気づかいと、息をのんで耐えねばならないような痛みだけを重ねて。 どちらかが、このミッションを拒絶すればよかったのだ。 そして、そうされるのは、自分だ、と、ロックオンは思ったものだった。 一方的に関係破棄を告げたのは、自分だ。 理由も言わずー言えずに。 辛いのは、自分ではないはずだ。 ロックオンがとった行動には、裏付けがあった。自分をある程度は納得させるだけの強さを持つものが。 アレルヤには、それすら、ない。 ため息が、口の端から洩れる。 「ロックオン」 呼ばれて、振り返る。 「ん?」 一瞬、ロックオンの視線を受けるのをためるような表情を浮かべてから、 隣に立つ。 ほんの少し、距離を置いて。 アレルヤの指先が、窓ガラスをなぞる。 それを、ぼんやりと、眺める。 ここで、どんな表情をすればいいのか。 判断が遅れて、一瞬の空白。 ―笑えないー ガラスに映るアレルヤしか見られない。 視線を向けるのを無意識のうちに拒否する。 「拒否されると思いましたよ。 あなたが、辛くないわけないから。 僕といて、しかも、二人で。」 鏡像のように歪んではいないが、それでも、不確かで、ひどく遠くに思われる。 「でも、あなたは、拒否なんてしませんでした。 それが、単純にうれしかったんです。」 柔らかな言葉が、選ばれる。 「おんなじこと思ってる。」 そう言ってしまいそうで、あいまいな笑みを刻む。 笑っているのを確認させるために、アレルヤに、向き合う。 心のうちは、見せられない。 「僕は、平気です。 だから、もう、あなたは、何も気にしないでいいです。 気にしないでください」 芯の強い晴れやかと表現してもいいような笑み。 いつもの、控え目な表情ではなく。 それにロックオンは、目を瞬かせる。 「ロックオン、僕だって、変わります。」 「ああ。」 そう、呟くのが精いっぱいだった。 変われないのは、自分だけでー アレルヤは、歩き始めている。 その実感が、伴う。 そして、それは、明確な喪失感につながる。 笑えて、いるだろうかー
どこに続くのかわからないまま、以下続く。
[09年3月10日]