課せられたトレーニングを終わらせて、ロックオンは、自室に帰る。 部屋に戻った彼は、目を見張る。 ベッドの上にはシーツの塊があって。 微かに、紫色の髪がのぞいていて、中身は、ティエリアであることが知れる。 全身をシーツでくるんで、丸まっている。 シーツの正体は、わかった。 が。 なぜ、ここにティエリアが、いるのかがわからない。 今まで何があろうと、ティエリアがロックオンの部屋になどやってることはなかった。 いつも、訪れるのは、ロックオンだ。 「おい、どした?」 声をかけて近寄る。 返答はない。 ベッドの端に腰かけると、緩慢にシーツの中から、ティエリアが、顔をのぞかす。 その顔を見て、やばいな、と、ロックオンは思う。 明らかに体調不良だ。 顔色がひどく悪い。 唇の色も、申し訳程度に色が付いている、そんなレベルだ。 目も、どこかうるんで、ぼぉっとしている。 それでも、ロックオンの姿を認めて、半分体を起こす。 見るからに、だるそうだ。 「いいから、寝とけ。」 それには、従わない。 意地を張るように、体を横にしない。 触れる前に、グローブを脱ぐ。 悟られないように髪をかきあげてやる際に、体温を測る。 かなり、熱い。 が、大事に至るレベルのものではないのはわかる。 「Drモレノのとこ行ったか?」 首が、横に振られる。まるで、駄々をこねる子供のような仕草に、くつくつと笑いが起こる。 そして、愛おしさも。 「あ?行ってないのかよ。」 ため息がこぼれる。 人の部屋に来て、ベッドにもぐりこむより先にすることがあるだろう。 医者嫌いのガキと同じ、そんな結論に達する。 若干成熟の具合がずれているのが、ティエリアらしいといえば、それまでだが。 「行くか?連れってやるから。」 同じく、首は横に振られる。 あまりにだるそうなので、体を自分の肩に寄りかからせてやる。 くったりと、体重が掛けられる。 「風邪でも引いたか?」 「わかりません。地上から、戻ったばっかりだから。」 不調は、地上に降りたせいだ、とでも言いたげな口調で、つぶやかれる。 「そんな、地上も悪いもんじゃないって。 今度、どっか連れてってやっから。」 ロックオンは、困ったようにつぶやく。 「ミス・スメラギに報告に行ったか?」 「いいえ。刹那・F・セイエイに任せました。」 その瞼は、疲れたように閉じられる。 報告の任を、放棄するほど具合が悪いというのでは、相当重症だ。 ティエリアほど、任務の完遂に情熱をかけている人間が、だ。 その声も、かすかにかすれている。 子供にでもするように、頭を撫ぜてやると、小さな吐息をティエリアは、こぼす。 さらりと、指先を髪が滑る。 さて。どうしたものか。 そぉっと、ティエリアの体を、ベットに戻す。 それから、あわてて、薬をデスクの引き出しから探し出す。 もらったまま忘れかけていたのだが、役に立つこともある。 幸運に、感謝する。 ティエリアが、目をあけたので、大丈夫だから、というように微笑んでやる。 子供扱いするな、と、いう言葉が返ってくる。 そのへんが、ロックオンから見れば、子供で、愛おしい部分でもあるのだが。 「薬、飲め。」 起こしてやって、背中を支える。 差し出されたコップを受け取って、ほとんど、何も考えていないような動作で、薬を飲みこむ。 気管に水が入ったのか、こほこほと、苦しげな咳。 目に、涙まで浮かべんでくる。 涙を指で、ぬぐってやる。 あなたのせいだ、とでもいうような非難めいた視線を向けられるが、うるんだ目では、何の迫力もない。 咳が収まったのを、見計らって、ベッドに戻してやる。 紅い眼が、ゆっくりと瞬いて、口元を小さく動かす。 微笑にも、見えて、ロックオンは、若干驚く。 滅多に、ない。 いや、ほとんどない、といっても、過言ではない表情だ。 それに、ロックオンも、口元をゆるめて、瞳を安らがせる。 足もとに、丸まっているシーツをきれいに広げて、体にかけてやる。 これで、足りるのか? ティエリアが、 「寒い。」 みれば、体を縮こまらせるほど、寒がっているのだ。 これには、困惑する。 と、いうので、よくわからずに、ほとんど使ったことのないようなブランケットをかき集めて、体にかけてやる。 このまま、Drモレノのところに、連れていくなり、運ぶなり。 そんな選択肢がないわけではないが、このまま、寝かせてやるのがベストだろうと、判断した。 たいがいの熱は、休息をとれば治る。 治らないなら、その時に考えればいい。 持前のおおらかさで、ロックオンは、判断する。 だからといって、放置しておくわけにもいかない。 簡易キッチンで、タオルを絞ってきて、額に乗せてやる。 いやだったらしく、即座に額からタオルは放り出される。 「いいから。おとなしくしてなさい。」 大人な声で、ロックオンは、告げる。 普段なら、そんな一言に、何倍もの苦情や、小言が返ってきそうなものだが、今日は、それすらない。 おとなしく、くったりとしている。 それを、見下ろして、かわいいなぁという感情が浮かぶ。 黙っていれば。 目を閉じていれば、普段の尊大なティエリアの態度すら幻なのでは?と思われるほど、幼い。 「はいはい、いいから。黙ってな。」 そう言って、また、額にタオルを戻す。 ベッドの端の腰かけて、様子を見守る。 ゆっくりと、呼吸が一定になり、寝息に変わるのを、ゆっくりと、見守る。 気がついて、部屋の照明を落として、ベットの脇の消灯ランプだけ残す。 幼いころの記憶が、微かに呼びさまされる。 熱を出して、不安だったとき。 目覚めれば、母がいて、大丈夫だよ、とでもいうように笑っていてくれたこと。 今頃、それを、思い出すのかよ。 ごちる。 胸に、浮かぶ痛みに、ゆっくりと、まばたきを、繰り返す。 この手が、ほんの少しでも、安らぎを与えられるのではないか そんなことを考えてしまう。 かすかな期待。 そして、そんなことを、思ってしまう自分へのはっきりした失望。 ロックオンは、表情を歪める。 誰にも、そんな表情をさらすことはしないけれど。 そんなことはしてはいけない、自分を律する。 眠っているティエリアに見られる心配はないが、両手で、顔を覆う。 どれだけ、長い間、感傷に浸っていたのかはわからない。 ごまかすように額のタオルを、ひっくり返す。 だが、タオルは、相当乾いていた。 額に手を寄せれば、まだ、幾分熱さは残るものの、さっきほどではない。 それに、安堵する。 ふ、と。 ティエリアが、目をあける。 そして、その視界にロックオンを認めたらしく、 ブランケットの下から、手を差し出す。 ん? それが、手を、繋げ、と促されているんだと、悟るのには、数瞬のタイムラグ。 ようやく、それに気づいて、ロックオンは、ティエリアの手を握る。 指が、絡められる。 熱のせいか、ひどく熱い。 それも、やがて、ロックオンの指先になじむ。 「あなたの手は、優しい。」 ふと、ティエリアがそんな言葉をこぼす。 言葉を確かめている。そんな響きすらも持っている。 静けさの中、その声は、しっかりロックオンの耳に届く。 「あなたの手が、優しいから。 つい、来てしまった。」 柔らかい声音。 視線がぶつかる。 その視線が、確かな信頼を伝えてくる。 心臓が、跳ねる。 「お。うれしいこと、言うじゃないか。」 わざと、軽く返す。 本心だ。 軽く流すように言っても、それは、本心だ。 本心だと悟られないように、口にする。 ロックオンの癖だ。 本心だと気づくものは少ないが、それでも構わない。 その方が都合がよい。 ティエリアからの返答はない。 ほかに、言葉を返そうと、思うが、うまく言葉がでて来ない。 ―嬉しくて。 欲しかったものを与えられたような。 そのくせ。 泣きたい。 そんな思いが浮かぶ。 安堵と、恐怖。 それに、戸惑う。 「ティエリア。」 その先に何を言うのかも、考えずに、名前を呼ぶ。 眠りに落ちたのか、返答はない。 ただ、つないだ指先からは、ひどく穏やかな気配だけが伝わってくる。 そっと。 額に、キスを落とす。 すこしでも、安らかな眠りを。 そんな思いを込めて。
お約束的。
激あまを書こうと思ったものの、00では、この辺が限度?自制。
[09年1月 12日]