兄貴を、尊敬してる。 自分の言ったセリフの空虚さに、現ロックオン・ストラトスーライル・ディランディは、気づかれないように、 小さく口元を歪めた。 覚えてない、というほどでもない。 だが、仲のいい兄弟というわけではなかった。 ある時期までは、双子らしく、いつも一緒の兄弟だったのは確かだ。 それが、離れたのはいつか 記憶にない。 双子とはいえ、別々な人間だ。 お互い離れていっても、自然なことだ。 でも、ここ、ソレスタルビーイングでは、そうも言ってられない。 みんな、ニールの幻影を、ライルにかぶせるのだから。 だからといって、ライルも、ニールと同じようにふるまおうという気もなかった。 そもそも、兄がどんな行動をとっていたかなんて、ライルにはわからない。 それぐらい、離れてしまっていた。 ティエリア・アーデ。 彼が、ニールと特別な関係にあったことは、察せられる。 彼自身は、隠そうとしているようだが、それが、うまくいっているとは言い難かった。 周りの反応を見ても、しかりだ。 ティエリアは、彼と決して二人にはならないように、上手に立ち回る。 訓練の時は、別として、の話だが。 訓練となると、これまた、うんざりするほどの鬼教官ぶりを発揮する。 これには、ほとほとうんざりだ。 そのくせ、ミッションや訓練を離れた時の彼は、ライルに対して、常に動揺しているといっても過言ではない。 必要以上に冷たく当たる。 もしくは、強い言葉を吐きながらも、視線を若干揺らす。 ライルの中に、 ニールを見ているのは明らかだ。 そして、そんな自分に絶望しているようにも見受けられる。 きっと、兄さんも、彼を大事にしたいたのだなぁと思う。 ティエリアの様子を見てそう思う。 端々に、ニールを感じさせるものが、浮かぶ。 ニールの影響、違う。 おそらく、彼から与えられたもの。 それをティエリアが抱えているから、彼自身からも、ニールの気配が感じられるのだろう。 漠然と思う。 きっと、ライルには、知りえないつながりや思いがあったんだろう、そう結論づける。 ―知りたいー ニールが、どう生きたのか。 何を思ったのか。 「らしくないね〜。」 思わずつぶやくとハロが、楽しげに、ラシクナイといいながら、跳ねまわる。 眼前には、地球が浮かぶ。 青く。 美しい。 手を伸ばせば触れられるのではないか、そんな錯覚に襲われるほど、 ガラスの向こうの地球は、小さい。 こつん、と額をガラスに打つ。 ひんやりとした冷たさが、伝わる。 あんな小さな星で、争い、諍い、生きる。 感傷が含まれたため息が小さく口から洩れる。 「ティエリア ティエリア」 そんなハロの声に、振り返る。 憮然としたティエリアが立っていた。 ここは、彼の好む場所だ。 一人になった時ふらりと来ているのは、ほかのクルーならよく知っていることだが、ライル知らなかった。 なんでくるんだ?そんなかんじだ。 が、ティエリアの来訪を嫌がる気はない。 用はない、というような一瞥をくれて、立ち去ろうと向きを変えるのを無理やり、声をかける。 「ん?なんかあった?」 「用はない。」 「いいじゃん、ちょっと、付き合わない?」 「断る。」 少しの躊躇もなく、切り捨てられる。 なれなければ、とは思うものの、この断定口調には、正直心が折れる。 「GNドライブのメンテで、聞きたいことあってさ。」 こういえば、断らない。 その程度は、少ないかかわりの中でも、はっきりわかる。 ため息をつかれる。 が、そばにやってきて隣に立つ。 幾分不機嫌さは残るものの拒絶の色は、浮かべていない。 それに、ほっとする。 「どこが、わからない?」 「粒子量のレベルが、不十分なとき、とか・・・。」 本当は、そんなものは知りたくもない。 ただ、呼び止めるためだけの口実だ。 横顔を眺める。 全体が整っているのだが、特筆すべきなのは、やはり、目だ。 意志が強そうな、目。 凛とした。 そんな形容詞がよく似合う。 そんな目が、戸惑いの色を移すのを眺めるのは好きだ。 嗜虐心すら誘われる。 ライルは、自分の中にかすかな歪みすら感じる。 だが、それを、後悔することも恥じることもない。 それが、自分なのだから。 と、結論づける。 ティエリアの口からは、よどみなく数式らしきものが流れ出す。 もはや、ライルには理解不能だ。 真剣な表情で、語られても、わからないものはわからない。 だが、口ははさまない。 ティエリアの声が好きだからだ。 ライルが上げた質問に、こうすればいい、と答えればいいものの、 ティエリアの性格上公式、理論から始まるのだから、どうしても難解になってくる。 しかも、そのせいで、説明は長くなる。 理論を淡々と語るだけなのだが、ある種の歌のようにも聞こえる。 響きが、耳に合うのだろう。 それをライルは、聞く。 しかも、その時のティエリアは、ライルに気を向けていないせいだろう、変な動揺や、気負いはない。 「で。わかったか?」 ひとしきり、理論が終わったらしく、ティエリアは、ライルに目を向ける。 その瞬間を、狙う。 腕を、引いて、体を引き寄せて、抱きしめる。 理由はない。 そうしたい、とおもったからだった。 ティエリアの反応が、一瞬遅れる。 腕が、振り上げられる。 それを、ライルは、受け止める。 驚きに反応が、一瞬遅れる、ライルが、力を込めて、抱いた分で、一拍。 ライルが行動を予想していたこと。 それが、重なって、なんとか平手打ちは、すんでのところで止められた。 「なんのつもりだ!!」 怒りに震えた声。 体を逃さないように、力を込める。 細いとはいえ、戦闘訓練を受けている体だ。 そう、楽にはいかないが、体格の違いで、ガラス壁に押し付けて抑え込む。 掴んだ手頸に力を込める。 耳元で、ささやく。 悔しさにだろうか、白い頬が朱に染まる。 怒りに満ちた目で、ライルをにらみつける。 この目だ。 ライルは、ひやりとする。 隠されることのない純粋な怒り。 それは、ひどくきれいだ。 「俺だって、悲しいんだ。 兄さんが死んで。 たった一人の肉親だった」 言葉を切る。 彼の弱さに付け込むように。 声を、ふるわせる。 瞳に一瞬だけ、悲しみがよぎるのをライルは見逃さない。 抵抗が、ほんの少し弱まる。 「あんたは、兄さんに似てる。 あんたからは、兄さんに似たものを感じる。」 「だから。 今だけでいい。 だから、すまない。 このままでいさせてほしい。」 懇願を装う。 自分を偽るぐらいは、簡単なことだ。 ティエリアから、兄に似たものは、感じるが、それは口実にしかすぎない。 彼に、興味があるから。 理由はそれだけだ。 つかんだ腕から、力がすっと抜ける。 その手を、自分の頬に、導く。 抵抗は、返ってこない。 静かに、ティエリアの指が、ライルの頬をなぞる。 悲しみを分け合おうとでも言うように。 ひどく優しく。 切なげに。 「・・・・悲しい。」 小さな声が漏らされる。 ただ、それだけ。 ライルに、体を預けて。 左手は、緩くライルの肩にまわされる。 目線は、確かにライルに向けられているが、ライルを通り越して、 忘れられない愛しい人を見つめているのだろう。 痛みに耐えるようにゆっくりとまたたきが繰り返される。 その表情の、美しさに、ライルは、見とれる。 人を大切に思うとき、人はこんな表情を向けるのだろうか、と。 きっと。 兄も、同じような愛しさに満ちた目をこの人物に惜しみなく与えていたのだろう。 ほんの少しだけ、胸が痛む。 改めて、兄の死が実感させられる。 触れられた指の冷たさに、心が痛む。 ティエリアの悲しみが、ライルまでも、包み込むようで。 その体を思わず、突き放したくなる。 感傷は、好まない。 らしくない。 そんな重い感情を抱く自分は許せない。 「すまない。 ありがとう。」 それだけ、言って、体を離す。 何が自分を動揺させるのかわからなくなる。 悲しみを無理に隠すように、ほほ笑む。 それは、もう、演技ではなくなっていたが。 「ライル・ディランディ。 私の中に、ロックオンはー あなたの兄は、いますか。」 吐息に混じるような言葉は、背中を向けたライルには届かないで、静けさの中に溶ける。
ライルとニールは別の人。ライルはライルで、好きです。にしても、新OPのライルは、美人すぎだわ。。。
[09年1月 12日]