傷ついたことにも気づかない君の無知で無垢な瞳


ロックオン。
そうライルを呼ぶとき、ティエリアの形の良い眉が、かすかに寄る。
本当に、一瞬だけ、つらそうな色が、浮かぶ。
他のものが気づいているかどうか、刹那は知らない。
それだけのことでも、ティエリアの中にある痛みを知るには、十分だ。

展望デッキに佇むティエリアを見つけた。
彼が、この場所にいるのを目にする機会は、多い。
そのまま立ち去る時もあれば、今日のように、声をかける時もある。

だいぶ表情は柔らかくなったはいえ、ティエリアは、表情豊かというのには、程遠い。
それでも、刹那が声をかけると、ほんの少し表情を緩める。

「どうした、刹那・F・セイエイ」。
「用がなければいけないのか?」
「そういうわけでは・・・」
なら、いい。
というように、刹那は、ティエリアの隣に佇む。
特に、無理に会話をつなぐこともしない。
ティエリアは、右手を、ガラス面にあてて、視線を、外に向ける。
ゆっくりとした瞬き。
その細い肩を抱きしめ、口づけたい。
そんな思いが、生まれる。
そして、同時に生まれる、触れられない。という、思い。
それに、刹那は、歯がみする。
この4年で、精悍さを増した表情が、陰る。

闇。
それ以上は、何もない。
それを、覗き込むのは、刹那にとっては、無意味だった。
そして、そんなことをする理由もわからない。
ただ、それを口にすることもない。
ただ、ともに沈黙を味わう。

「ロックオンは、もう、いない。」
刹那は、穏やかな沈黙を破る。
ただ、事実を告げる冷静な声を発する。

それを、認めなければならない時期だ。

いつまでも、ロックオンの影を追わせるわけにはいかない。
思い出に、すがって人はいけられない。
抱き続ける思いは、淀む。

何をどうすれば、彼が、その呪縛から逃れられるのかは、わからない。

呪縛から逃れたとしても、だ。
その視線が刹那に向くとは限らない。

それでも、打算ではなく、彼に幸せになってほしいから、口にする。
恨まれる覚悟込みで。

ロックオンの不在を、認められるように。
忘れろ、とは言わない。
いつまでも、現在進行形の思いを抱かないように。
思い出になるなら、それでいい。
否定もしない。
それが、ティエリアを支えるものなら、刹那に、否定できるわけがない。

二人の関係は、薄々気づく程度だった。
どれほどの関係があったのかは知らない。
ただ。
二人の目線が交わる瞬間の柔らかさは、知っている。
誰も立ち入れない空気。
安らぎと、信頼をにじませたティエリアの表情。
そして、それを、受け止めるロックオンの姿。

焼けるような思いは、なかった。
ただ、かすかな痛みも、覚えていた。
そして、それは、痛みを感じることすら忘れていた身にとっては、新鮮だった。
生きている実感すら与えてくれた。

ティエリアが与えてくれるなら、痛みすら愛しい。

「ああ。分かっているが?」
それが、とでもいうような語調に、刹那の方が驚かされる。
「今いるのは、あいつの弟だ。
わかっている。」
帰ってくるのは、否定の言葉。もしくは、沈黙。拒絶。そう読んでいた。
責められる覚悟すら持って口にした言葉だったのに、いとも、容易く応えられ、流される。
想定外。

きれいな紅色の瞳が、刹那をまっすぐに見つめている。
困惑を、宿すこともなく。
「わかっている。
 それが、どうした?」
感情をにじませない声。事実だけを告げる声音。

傷ついたことすら知り得てないのだろうか、
そんな疑念がよぎる。
ただ、穏やかに瞬きをするティエリアの瞳を見て思う。

深紅の宝石。

誰にも触れられず、穢れを知らない。
穢れを知らぬ代りのあまりにもの無知。
だからこそ、毅然として輝くのか。

「心配しなくていい。
 僕は、大丈夫だ。」
ほんの少しの笑みを浮かべる。
どこか、さみしげな。
それでいて、まっすぐな表情で。

「心配して、何が悪い。」
思わず語調が強まる。
そのいらだちが、刹那の本心を表す。

誰よりも、ティエリアを思っていることを。
そして、その伝わらなさに対するかすかな失望。
届かない自分自身の言葉の無力さ。
さまざまな思いが錯綜する。

それに対するティエリアからの問いかけはない。
ただ、受け流されたのか。
それとも、その言葉の真意まで、気がつかないのか。
おそらく後者であることは、容易に察せられる。

「・・・かわいそうだ。」
呟く。
あまりにもきれいだ。
自分の寄せた思いも、抱いた思いも自覚できないほどの幼さは。

愛しい。
刹那の中に、そんな思いがあふれる。
持て余すほどに。
ただ、それを今表わすことは、彼を困惑させ追い詰めるだけだ。
だから、押し殺す。
胸の内だけで、とどめる。

ティエリアの持つ純粋さは、うちから、彼を壊してしまうもろ刃の剣だ。
扱い方を知らない。
ティエリア自身すら傷付ける鋭さを持つ。
刹那は、形の良い眉をひそめる。
そうでもしないと、感情を逃せずに。
ほんの一瞬だけ。
自制心が、刹那に無表情な顔を作らせる。
刹那は、自分を表にあまり出さない。
そのことには、悲しいほど、長けている。

―ロックオン。どうすればいい?
 まだ、あんたにとらわれているのに、それにすら気がつけないティエリアに。
 何をしてやればいい?

胸の内で、もういない男に問う。
刹那の胸に浮かぶ男の面影は、いつも、笑顔だった。
今も、それは変わらない。
恋敵と言っていいかもしれない相手なのに、思い浮かべるのは、懐かしさと、暖かさだ。
ロックオンは、今の刹那には、答えをくれはしない。
―そして、ティエリアにも。

「ああ。かわいそうだ、死んでしまったロックオンは。」

ティエリアが、呟く。
刹那が口にした「かわいそうだ」が、自分に向けられたものだと知りうるすべもなく。

その言葉だけは、かすかな揺れを含んでいるのを刹那は、聞く。
それは、救いのようでもあり、絶望のようでもあり。
刹那は、言葉を飲み込む。

静けさが、落ちる。
二人の胸に。
それぞれを分かり合うこともなくー。

		

刹那、2期は、男前過ぎると思うのです。が、刹那は、若干一方通行ぎみなのにときめき(爆)