「アーデさん!てぇだしてくださいですぅ。」 展望デッキに、ミレイナが、飛び込んできて、静かな空間も、一気に騒々しくなる。 ティエリアは、振り返る。 ミレイナの言葉は、いつでも、唐突で、まるで、跳ねまわる子犬を思い起こさせる。 今日だって、静寂をいきなり打ち破って、このせりふである。 ハロ。 ハロが、人間になったらこんな感じかもしれない。 ちらりと、ティエリアは思う。 「手出してください!っていってるじゃないですか〜。」 語尾が伸びる。 それは、消して不愉快ではない。 不思議なものだ、と、ティエリアは、首をかしげる。 てを、出さずに、いると、ぎゅっと手を前に引っ張られる。 その手が、ずいぶん暖かい子供体温。 それに、ティエリアは、おかしくなる。 「はいですぅ!」 掌に載せられたのは、キャンディ。 きれいなラッピング紙にくるまれたそれに、ティエリアは、驚く。 なぜ、どうして、こんなものを手に乗せられることになったのだろうか。 気まじめに考える。 何か理由があるはずだ、と。 ミレイナは、にこにこ、という形容詞が似合うような表情をしているが、それと、キャンディがどうつながるのかはわからない。 ティエリアは、小さく眉を寄せる。 そんなティエリアをよそに、ミレイナは、右手を伸ばす。 思いっきり。 そして、指先が、ティエリアの髪に触れると、なおさら笑みを深くする。 無理矢理、子供にするように、頭を撫ぜられる。 少なくとも、そうしようとした意図は、伝わってくる。 が、ミレイナと、ティエリアの身長の関係上、髪をかき乱す格好になってしまう。 軽いため息をついて、ティエリアは、ほんの少しだけ、首を折ってやる。 ミレイナの手が、優しく髪を撫ぜる。 「アーデさんは、がんばってます。 がんばりすぎないでいいですぅ〜。」 ティエリアは、目を見張る。 向けられた言葉の中身に。 そして、頭を抱きしめられて、額のあたりに小さなキス。 一瞬だけの。 ティエリアが戸惑う暇もない。 親愛の情だけのキス。 「ママが、いっつも、こうしてくれました。」 アーデさん、さみしかったらゆってください! ミレイナが、励ましたげます。」 しんけんな瞳が、ティエリアを見つめている。 「だからっ!!頑張ってくださいです!!」 「でも、さっきは、がんばらなくていいって言ってたんじゃないか?」 極めて、単純な質問をぶつけてみる。 ティエリアにとってみれば、頭を撫ぜられる行為やキスも、十分不思議だが、理論の飛躍の方が不思議でたまらない。 尋ねるなら、まず先にそちらだ。 それでも、いつものマイスターたちと向き合う態度よりは、ずいぶん柔らかい。 ミレイナは、思わぬ反撃にくちごもる。 そして、ぶぅ〜っと、顔を膨らませる。 観察していると飽きない。 表情がころころ変わる。 そのどれもが、生き生きとして見える。 自分が、ミレイナより年上だからだ、そう結論ずけようとして、そのおかしさに気がつく。 刹那や、他の年下のクルーに対してそう思ったこともないのだから。 が、それは、もういい。 あっさりと、ティエリアは、結論を放棄する。 ミレイナが、派手な声を、上げるものだから。 「もう。アーデさんなんて嫌いですぅ!! 心配してあげないんですから!」 「それは、困る、な。」 それに、ミレイナが、機嫌をよくした風にも見える。 ぱっと、表情が輝く。 心づかいは、伝わってくる。 理論的には、おかしいけれど。 それでも、単刀直入なことばは、心地が良い。 だから、ティエリアは表情を緩める。 重くもなく、かといって、薄っぺらくもなく、ちょうどよく背中を押してくれる。 過剰な励ましも、心配も今は、いらない。 逆にそんなものに縛られたくない。 「そうですか!?」 「ああ。」 この少女の心配は、不思議と不愉快ではない。 どころか、的を得ているといってもいいのかもしれない。 ティエリアにも十分に受け入れられる。 「そうですかぁ〜。アーデさん、じつは、さみしがり屋さんなんですね♪」 軽くステップを踏む。 一度ターンしてから、人差し指をティエリアに向けて立てて、ふってみせる。 「そのキャンディ、甘くておいしいですよ。 食べて、幸せになっちゃってくださいです〜。」 栗色の巻き毛を揺らして、ミレイナが、歌うように言う。 そんなもので、幸せになれるわけない。 わかっていても、ティエリアは、キャンディを口の中にほうりこむ。 どこか懐かしいイチゴキャンディ。 口の中で、優しい味が広がっていくのを感じて、ティエリアは、目を細める。 それは、穏やかな笑み。 「ありがとう」 素直な言葉。 自分でも、それをおかしいと思いながらも、ティエリアは、言葉にする。 ミレイナが、その「らしくなさ」に気がつくことはないけれど。 「ハイですぅ! がんばりましょうね、アーデさん。」 うなずく。 言葉にはしないけれど、 「一緒に頑張ろう。」 そんなことを思いながら。 小さな小さな約束。 忘れられてしまうような。 それでも、幸せな一瞬。
ほのぼのな2人が好きです。まぁ、本編じゃ毛布のからみしかなかったのが非常に残念。
ってか、こんなんあってもよしじゃない!?
とか思いつつ。時期的には、ライル登場あたりと思っていただければ幸い。
[09年3月 18日]