ハッピーアイス
「なぁ。ツナ」
山本が、綱吉を呼ぶ。
「笹川のこと好きって、どういう感じ?」
一瞬、綱吉は固まった。
修学旅行の夜というわけではない、そんなあけっぴろげに恋愛トークを仕向けられるのは、以外といってもいい。
いつもと変わらない屋上でのお弁当タイムだ。
昼真っただ中、空は青くてきれいだけれど、その分気温が高くてたまらないという典型的な夏の昼下がり。
そういった話とは、うまく結び付かないというのが正直なところだ。
その話題を振ってきたのが、普段、野球に恋してます!とでもいうような山本なのだから、尚更だ。
何を考えているのかがわからず、山本の表情をうかがう。
真剣そのもの。
好奇心で目をキラキラさせているわけでもない。例えて言うなら、素朴な疑問を聞いてみました、そんな表情だ。
単なる好奇心だけなら、やだなぁ、だとか適当な言葉で流せそうだが、そうはいかなさそうだ
綱吉が答えるのじぃっと待っている様子からしてもだ。
思わず手にしていたサンドイッチを落としてしまいそうになる。
「えぇっと・・・・。なんか、恥ずかしいよ。」
「別に、誰にもいわねぇってのな。」
「う・・・ん、なんっていうか、一緒にいたいなぁとか・・・・・。京子ちゃんが笑うと、嬉しいなとか、
ちょっとしたしぐさがすっごくかわいいな、とか思っちゃったり。」
・・・・キス、したいな、とか。
それは言わない。しどろもどろになって言葉を繋ぐうちに、顔がむしょうに熱くなる。
先ほどからの気温の高さとは、全く別物だ。
さりげなさを装って頬を触ると自分のものとは思えないぐらい熱い。
しかも、口にすればするほど好きな人のいろんな表情を思い出して、心臓がバクバクする。
そんな綱吉の様子を見て、山本は、笑う。
綱吉が真っ赤になるさまが、おかしい。嬉しそうで、でも、恥ずかしそうで、見ているこちらが微笑ましい。
いまにも、ぼん!と音を立てはじけてしまいそうなほどの慌て方だ。
力を込めてしまった右手のサンドイッチは、具がはみ出て瀕死の状態。
それを指摘しても仕方がないのでやめる。
じゃぁ、山本は?綱吉が、目で訴える。
言わないと怒る!そう眼で、言う。
綱吉は、時々言葉ではなく言葉ではないもので、感情を表す。
リスのようにちょこまかと、基本的にオーバーアクションだ。
そんな同級生が嫌いじゃないどころか、山本的には坪の一つだ。
「俺にだけ言わせるのってずるいよね!!じゃ、どうなの?そんなこといきなり聞いてくるって。」
う〜。。。う〜ん。
山本の考え込む声と、綱吉の不平を含んだ唸る声が重なる。
「大体、ツナと同じ。」
「え!じゃ、好きな子いるんだ。」
意外なことを聞いて、声が大きくなる。それに山本は否定しないでうなずく。
ほんの一瞬首を小さくかしげつつ。
「ま、ね。」
照れ笑い。わざとらしく牛乳をチューチュー音を建ててすってごまかそうとする当たりが、いつもとは違う
。ふ、と無理に顔を横にそらすけれども。。
「え〜。俺だけばれてるのズルイよ、教えてくれもいいんじゃない!?」
山本の頬が、自然に赤くなる。頬どころか、全体的に薄桃色に染まる。
ピンク色。
なんだか、かわいい。そう思ってしまう。男っぽい山本に対しては失礼かもしれないけれど。
多分、恋を色で表すときっとこういう色なんだろう、綱吉は思う。
普段はそんなことをおくびにも出さない親友が見せた表情は、ひどく新鮮で、嬉しくなる。
山本も、好きな人がいてやっぱり、うまく行かなくて困っているのかなんて想像してみるとおかしくてたまらない。
自分ことは棚にあげて応援してげなくっちゃ!張りきりたくなる。
「ね〜!」
腕を取って、ぶんぶん引っ張る。二人の軽いじゃれ合いが始まる。
中学生男子、ちょっとしたことでもごろごろとじゃれあいになる。それも、レクレーションの一つだ。
いてぇって!そういいながらも、余裕の表情。
そして、大事な友達に好きな子がいるって報告で来たことは、ほんの少し誇らしげにも見える。
「ま、そのうち教えるからさ。」
「絶対だよ!!」
「おい!!!野球馬鹿!!十代目のお手を離せ!」
すごい音を立ててドアが開く。そして、買出しから戻ってきた獄寺が、二人の間に飛び込んでくる。
いつもの展開だ。
「や、なんもしてないし!な、ツナ。」
「うん。ただ、お弁当食べてただけだって。」
そういって、右手をアピールしてもそこには先ほどの気の毒なサンドイッチ。
それでも、10代目命の獄寺はそれについては、言及しない。
「じゃぁん!十代目に、アイス買ってきました!!今日、ホント暑いので」
そういって、嬉しそうにアイスを2人の目の前に見せつける。
1つは、ソフトクリーム。もうひとつはおなじみのがりが○くん。
「バニラと、ソーダ。十代目どっちがいいですか!?」
「ん〜。じゃ、バニラがいいな。いい?」
「もちろんです!」
アイスは2本。バニラは、綱吉の、だとするともう一つは獄寺の?
必然的に、山本の分はない。
ソフトクリームのぷらの部分をしっかり取ってから、綱吉に渡す。
「ありがとう!獄寺君。」
そういって笑みを見せながら、綱吉は一瞬固まる。
・・・ない。
山本の分が。
それを数秒遅れで悟ってしまって、一瞬の躊躇。山本が、文句の声を上げる。
「え〜、獄寺俺のは?」
文句を聞き届ける前に、獄寺はチョコの袋を破いて、きれいな歯を見せてしゃりっとアイスをかじる。
その音がやけに、夏らしい。
「ん〜、うま。だって、お前今日、補習だって嘆いてたじゃん。昼こねぇかと思ったぜ?」
だからって、俺が譲る気はねぇけどな。呟く。
「違うって!補習かもしんねぇとは言ったけど、今回は外れてたんだって!!」
「いばんなって!そんなどうしょうもねぇこと!!このばぁぁか。」
最後の一言を、はっきりと明瞭に発音して鼻を鳴らす。
そのさまに、軽く眩暈のする綱吉。それは、綱吉にも、まるでかすっているような言葉で。
「あ、十代目はもちろん余裕ですよね。昨日一緒にやりましたもんね。」
・・・おかげで、いつもよりは、上出来。それでも、補習なんて全く眼中にありません!といばれる成績でもなかった。
けれど、曖昧にうなずいてみせる。
さすが!と、嬉しそうな表情を隠そうともしないので言いだせるわけもなく、ぺろりとアイスをなめる。
ごめんね、と心の中では謝りつつ。
舌に優しい甘さが広がって、思わずほおがゆるむ。
「あ!!!てめっ!!」
甘さを堪能する間もなく、上がる素っ頓狂な声。
「え、俺も、ソーダ喰いたかったし♪くちんなか、すっきりするのな。」
「誰が食っていいって言ったんだよ!!」
「あ。獄寺君と、山本間接キス〜。」
思わず綱吉が、そう突っ込む。中学生だ、仕方のない習慣みたいなもの。
「ち、違います!!十代目!何をおっしゃられるんですか!」
綱吉に対するにしては、強い語気。明らかに動揺。それに、引っかかって目をぱちくりとしてしまう。
「違いますから!!」
一段大きくなった声にびっくりして思わず立ち上がっている姿を凝視ししてしまう。。
普段は、そんなに表情を変えない獄寺の耳が、赤い。こころなしか、目のあたりも。
白い肌のせいで、はっきりと見える。さっき山本が見せた色とほとんど同じ。
(あ・・・)
否定しようとする勢いで、ぶん、と振られる腕。一瞬だけそれがスローモーションに見える。
吹っ飛んでいく青い物体も。
「あ・・・・。」
小さい声が漏れる。それが、山本だったのか綱吉だったのかはよく分からない。
じりじり焦げたアスファルトの上に落ちる青い小さな水たまり。
愕然とした肩がフルフルと震える。
それと同時に響く笑い声。
思わず口をあんぐりあける綱吉。
気づいてしまった。あまりにわかりやすいリアクション。
耳といい、この動揺っぷりといい。
日本の小学生ならこれぐらいの言葉では動揺すらしないけれども、イタリアから来た獄寺には免疫がないのも仕方ない。
それ以前に、イタリアなら挨拶代わりにキスもするのでは?
そんな疑問も軽く頭をよぎるけれど・・・・。
ごめん、獄寺君!!
心の中で謝る。
綱吉は、空を仰ぐ。二人の声が響く。
空が青い。果てがないんじゃないかと思うくらいに。
夏だ。悔しいぐらい。
なにもかもが。
夏のおはなし。
現在は、冬真っ盛り。青春といえば、やはり夏ですかね…。23.1.16